早稲田大学で非常勤講師をしていた時、照屋君という学生に「先生は伊波普猷についてどうお考えですか」
と尋ねられた。「沖縄学の父」しか思い浮かばぬダメ教師であったが、そこから私は遅まきながら沖縄の勉強
が始めた。以来ほぼ十五年。美しい国柄に魅了され、毎年必ず訪問してはグスクや遺跡巡りを続けている。
そんな私であるから、本書に思わず飛びついた。

 1422年ごろ、琉球は佐敷出身の尚巴志により統一された。王都は首里に置かれ、外港の那覇が整備された。
第一尚王朝は中央政権が徹底できず、脆弱であった。1469年、伊是名島出身の金丸は、いまも経緯の詳ら
かでない政変の結果として新たな王に立つ。明より中山王に封ぜられて尚円を名乗り、第二尚王朝を始める。
東アジア交易の中継拠点として琉球は大いに繁栄した。1609年、薩摩藩は三千の兵を以て首里に侵攻する。
清にも朝貢を続ける琉球は、薩摩藩と清への両属という制約のもとで、独自の国づくりを進めていく。

 主人公、真鶴の孫家は第一尚王朝の後裔である。王家再興を念願する父の遺志により、真鶴は男装して
孫寧温を名乗り、高官への階梯を昇っていく。また類い希な美貌を見初められ、第二尚王朝最後の王、尚泰王
の側室に召される。寧温=真鶴は華麗な首里王宮の表と裏とを往来し、政界でも王室内でも縦横無尽の活躍
を見せる。寧温の出世物語、真鶴の女の戦い。切磋琢磨する友、薩摩藩士とのうたかたの恋。清と薩摩の無理
難題、アジアに覇を競う列強。開国を強要するペリーの黒船は目前に迫っていた。「美と教養の国」琉球の命運
は?王家復興の夢は?それは読んでのお楽しみ、です。

 真鶴は圧倒的である。十ヶ国以上の言語を駆使し、「知性と教養と行政能力において五百年に一人」の傑出
した才を有する。加えて美貌。窮地に陥ると英邁な王や龍までが駆けつけ、助けてくれる強い運。ちょっと都合
がよすぎるんじゃないかって?いや、小説なのだから、十分「あり」でしょう。私は『源氏物語』をめくるたび「少し
は仕事しろよ」と光源氏に毒づくが、名作はそんなちんけなやっかみに小揺るぎもしない。

 一つだけ重箱の隅を突くと、物語全体を支える要の図式「寧温=宦官」は秀逸だが少し無理がある。美貌の
言い訳として寧温は宦官(男性器を切除した役人)を自称し、周囲も一応納得する。だが宦官とは「裏の」存在
であって、皇帝の寵を得て権勢を振るうことはあれ、科試で登庸される「公式な」高官たることは絶対にない。
琉球に宦官はいない、という史実はこの際どうでもいいが、概念の誤用は時として致命的である。勿論したた
かな作者は、この点でも確信犯なのだろうが。

 本書は史実と創作とを実に見事に融和させている。登場人物は歴史上の有名人を連想させるし、法令や琉歌
が効果的にちりばめられる。リアルが積み重ねられているからこそ、フィクションは輝きを増す。読了後には琉球
の政治・外交・宗教について相当量の知識を得ていること、請け合いである。異国の宮廷絵巻に酔いしれたい人
にも、「美しく教養にあふれた」琉球を知りたい人にも、手にとっていただきたい一冊である。

文藝春秋 2008年11月号